前回に引き続きゴールデンウィークの話です。文体がコロコロ変わるのは書き手の性格によるものなので許してください。
太郎の両親はどちらも実家が大阪の南部にあり、以前京都やら東京やらに住んでいた頃は大型連休といえば帰省して、両方の実家を泊まり歩いたものでした。とは言え、父方の、つまり私の実家のほうは居心地が…いやその、決して仲が悪いとかじゃないんですが、何となく泊まる機会が少なくなりがちでした。母方の実家は大阪に引っ越してからも度々泊まっていたのですが、交通の便が多少悪いこともあって父方の実家は訪ねる回数も少なく、泊まる機会もなかったため太郎にとってはそれほど”勝手知ったる”場所ではなかったのです。
ところで、太郎は父方のいとことして5歳と2歳の女の子がいるのですが、この連休は彼女たちも泊まりに来ていて、珍しく午前中から遊びに行ってたっぷり1日一緒に遊べたのです。下のチビさんはともかく、お姉ちゃんの方は小さい頃は人見知りが強く、何よりお互い小さかったので太郎とは一緒に遊びたいという気持ちはあってもなかなか上手く遊べなかったのです。それがだんだん大きくなって、保育園でチビなりに社会に揉まれたりするうちにお互いに社会性を身に付けるのかちゃんと一緒に遊ぶようになるんだから面白いものです。
で、たっぷり遊んで夜も更けて、さあ帰ろうという段になると当然のごとく太郎は帰りたくないと言い出します。実は前の日にも遊びに来ていて、やはり帰り際には「おとうさんと、いっしょにとまる」とか言っていたのですが、泊まりたければ一人で泊まれ、と言うと諦めて帰ったのです。連休中とは言え、親としてはそんなにお気楽に家を空けることはできません。早く帰らないとガンダムが…じゃなくて掃除とか洗濯とか、とにかくやらなければならないことがあるのです。遊んだりしません。きっとしないと思う。しないんじゃないかな。まちょっと覚悟は…
ともかく、2日目のこの日、太郎は大胆にも「ひとりでとまれる」と宣言したのです。「だいじょうぶ。たろうくん、ひとりでねれるから。おとうさんとかおりちゃん、かえっていいよ。ばいばい。」と自身たっぷりです。それなら、という訳で、何かあれば連絡してくれるように頼み、でもまぁ大丈夫なんだろうと思いながら太郎を置いて帰ったのです。その、深夜。
電話のベルが鳴りました。やはり駄目だったようです。あれだけ大見栄を切っておいて、どの面下げてべそをかいているのかと思いながら迎えに行くと、果たしてばつの悪そうな顔をした太郎と、疲れきった表情のおばあちゃんが待っていました。すんません。聞くと、興奮してなかなか寝付けなかった上に頼みのお姉ちゃんがさっさと寝てしまい、夕食前までたっぷり昼寝してパワー全開のチビちゃんと太郎の二人で代わる代わる起きてきては、やれ喉が渇いただのお腹が空いただのとおばあちゃんを困らせていたそうです。重ね重ねすんません。
場合によってはちょっとばかりからかってやろうかと思っていましたが、自分でも見栄を切った手前恥ずかしいという気持ちはあるらしく何とか泣くのを堪えている太郎を見ると可哀相になったので、何も言わずに連れて帰りました。かなり疲れていたのでしょう。車の中ですぐに寝入り、朝までぐっすり眠りました。太郎の受難は次の日に待っていました。
一人で泊まれると思って自分から宣言し、それが果たせなかったのは太郎にとってかなりのショックだったようです。はっきりと自覚した、初めての挫折だったのかもしれません。朝起きてからも、何となく前日のことには触れて欲しくなさそうです。ところで、次の日は母方の実家に遊びに行く予定になっていて、先方には太郎が一人で外泊していて、従ってそれを拾ってから行くので何時くらいに行く、というような連絡をしてあったのです。朝、確認の電話をしたときに太郎も電話口に出て(母方の)おばあちゃんとお話をしました。前日の経緯を知らないおばあちゃんは太郎に「今、○○(父方の実家)にいるの?」と聞きます。「ううん、おうちにいる」と太郎。電話を太郎に任せて少し席を外していたので詳しくは聞いていませんが、自分で一通りの説明をしていたようでした。予定の連絡は済んでいたので話が終わったら電話を切るように言っておいたのですが、電話を切った後もなかなか電話の部屋から出てきません。不審に思って見に行くと、突っ伏して静かに泣いていました。
相当堪えているようです。これは、ナマイキな時に懲らしめるのにしばらくは使えそうです。でも、今はまだあまり苛めるのも酷なので、おばあちゃんのところでもこの件には(今のところは)触れないように頼んでおきました。
そうして、すっかり元気を取り戻して機嫌よく遊んでいたところに早朝から釣りに出かけていたおじいちゃんが帰ってきました。あ、と思う間もなく開口一番、「お、太郎くん、昨日はお泊りしたんやってな。偉かったな」
一気にテンションが下がってしまった太郎、4歳。初めての挫折は、ちょっと辛いです。
ところで、後日父方のばあちゃんから聞いたところによると、散々グズった挙句に家に帰りたいと言い出した時、太郎はこう言ったそうです。
「たろうくん、おうちかえりたい。かおりちゃんと、いっしょにねたい。だって、おばあちゃんより、かおりちゃんのほうがかわいいもん」
ばあちゃん、すんません。