関西三空港

投稿者: | 2006年2月16日

今日、神戸空港が開港しました。伊丹空港、関西空港と合わせて半径25km程度のエリアに3つの空港が共存することになります。多すぎるとか、いやそんなことないとか、色々な議論があるわけですが何れもどうも論点がずれているようでなかなか私の考えを代弁してくれるような意見を見かけません。そこで、現時点で私がどう考えているのかの記録という意味でこの駄文をアップしておきます。

初めに、経緯をざっとおさらいしておきましょう。事の発端は1960年代の伊丹空港周辺住民による騒音訴訟です。裁判の結果住民が勝訴し、1969年、新空港の建設と伊丹空港の廃港が決定しました。新空港の予定地は神戸沖が最有力とされていましたが、1972年に神戸市議会は空港反対決議を可決、当時の宮崎市長も反対を表明します。その結果、関西国際空港は現在の泉州沖に建設され、1994年に開港しました。神戸はその後方針を転換、神戸市が出資する地方空港として神戸空港の建設を決めます。
一方、廃港が前提だった伊丹空港も環境が変遷します。1990年にそれまでとは逆に空港存続を求める十一市協と運輸省(当時)で伊丹空港の存続協定が結ばれ、存続が決定しました。関西国際空港開港後、伊丹空港の利用者数は一時的に減少しますが、利便性の良さと国内航空需要の伸びに支えられて翌年以降増加を続けています。近年は、伊丹の騒音対策を理由に、本音では関空救済のため伊丹空港に様様な規制をかけようとする国に対して空港「活性化」を求める十一市協や航空会社が反発するという構図が定着しています。

3つの空港の中で、神戸空港と他の2空港は大きな違いがあります。空港整備法の扱いとして、伊丹空港と関空は第一種空港で、神戸空港は第三種空港です。第三種空港は地方の航空需要を満たす目的で地方自治体が設置・運営するもので、要、不要の判断も基本的には自治体に委ねられます。財政的にも多額の国税が直接投入されるわけではなく(注:補助金として250億円ほど使われます)、どちらに転んでも所詮は神戸市の問題というわけで、神戸市民でない私の関心はあまり高くなかったりするわけです。もちろん、スカイマークが大阪-羽田便を関空から神戸に移すなど実際に影響はあるのですが、便数の制約もあってその影響も限定的なものとなりそうです。いずれにせよ、開港したばかりなので現時点では神戸空港がどうなるかは分かりません。分からないなりにも恐らく神戸市の思惑通りにはならないと思っていますが、それなりの存在意義はあると思います。以下では神戸空港は置いておいて、主に伊丹空港と関西空港について考えてみたいと思います。

この問題に関して、私の立場は中立ではありません。ここ数年関空の2期プロジェクトに関わっており、現住所も実家も大阪の南部、つまり比較的関空に近いところにあって関空に肩入れする気持ちは大きいのです。ですが、ここではなるべく中立的な立場で検証したいと思います。
初めに書いた論点のズレというのは、本来ネットワークで考えるべき空港整備を点でしか見ていないということですが、そこに入る前にまずサービス拠点としての両空港を比較してみようと思います。

関空に対する批判でよく聞くのが、不便だということです。これは空港へのアクセスと、国内線の便数両方について言えることです。アクセスについては、これはもう伊丹空港が絶対に有利です。関空はただでさえ大阪の片田舎である泉州の、更に5kmも沖合いに造っているので、行くのに時間もお金もかかるのです。国内線の便数についても、航空会社は集客力のある伊丹空港を好む傾向があって路線の数でも便数でも伊丹の方が充実しています。
これらのうち、アクセスについては今更どうしようもありません。せいぜい、関空連絡橋の使用料を下げて運賃を抑えるくらいでしょう。便数については、政策次第という面があります。国の方針としてなるべく関空に便を集めるために伊丹に各種の規制をかけていますが、それなりにコントロールできています。極論すれば、どちらかを廃港にしてしまえば残った方に便が集約され、利便性は大きく高まることになります。
続いて、運行上の制約について見てみましょう。よく知られているように、市街地に近接した伊丹空港は大型の機材(騒音が大きい)や長距離便(燃料のため離陸重量が増える)に制限があります。また、夜間の離着陸ができないというのも大きな制約です。現在発着枠はほぼ一杯ですが、拡大するための空港拡張なども現実的に不可能です。また、万一離着陸でオーバーラン等の事故が発生した場合、市街地に被害が及ぶ危険も指摘されています。一方、関西空港の方はこういった制約がありません。第一種空港としては初の24時間運用の空港であり、深夜がメインの貨物便は特に好調です。元々、これらの制約を排除した結果が現在の立地であり、これはむしろ当然のことです。高コストと利便性を犠牲にした結果とも言えるでしょう。
次に、最も誤解されていることの多い財務状況を検証しましょう。大阪に数十年住んでいる私の母親が関空の事業収支について持っている感想を聞いてみたところ、「関空って、赤字なんでしょ?どんどん借金が膨らんで。なのに2期事業とかいってまだ造るの?」というものでした。すみません。あなたの息子はその2期事業に荷担しています。確かに、開港以来関西国際空港株式会社は赤字経営が続いており、2004年度に初めて単年度黒字を達成しました。10年間の赤字経営による累積損失は2000億円に迫っており、それだけ聞けばとんでもないことに聞こえます。この2000億円は国が補填したのでしょうか?答えはNoです。借金が膨らんでいるというのも間違いです。有利子負債は開港以来一貫して減り続けているのです。赤字なのに借金が減るというのはどういうことでしょう。これは、企業決算をちょっと知っていれば理解できます。詳しい解説はボロが出るので避けますが、キーは減価償却費です。つまり、事業収入から各種営業経費を引いて、借金の利子も払って、更に元本部分の返済(これが減価償却費)も引いたのが経常損益です。簡単に言うと。政府補給金として毎年90億円の税金が投入されていることを批判して、それが無ければ関空会社の経営は破綻している、といった論調を目にしますが、少なくとも経営が破綻しているというのは誤りです。2004年度決算での減価償却費は330億円です。毎年数百億円ずつ借金(の元本)を返済しているのです。政府補給金なしでも、一般的な感覚で言う「収支」はプラスです。ちなみに、2004年度の支払利息は245億円でした。
関空会社は第三セクターの特別会社ですが、株式会社として空港の整備、運営を一括して手がけた世界でも初めての会社です。通常、民間が運営する空港でも造るのは国がやるというのが一般的です。関空(1期事業)の建設費は1兆5000億円と巨額ですが、関空会社はそれをそのまま負債として抱え込みました。そのため、毎年数百億円の減価償却費と利息の支払いは国ではなく関空会社が負担しています。更に、国が運営する伊丹空港にはない固定資産税も払っており、これが年間約80億円です。その他にも法人税、住民税などが1億7千万円ほどかかっています。2つの空港のコスト競争力を比較するのであれば、これらの背景を勘定しなければ不公平でしょう。
更に、見落としてはならないのが伊丹空港の環境対策費です。騒音訴訟の後、空港の騒音のため窓が開けられずエアコンの使用が増える、電話やテレビの音が聞こえにくい等の主張が認められ、伊丹空港周辺住民は家の防音工事の他、電気・電話料金、NHK受信料など様々な補助を受けています。これらの費用は環境対策費と呼ばれ、国の空港整備特別会計から支出されています。最近のデータは見つかりませんでしたが、関空開港後の10年間で約1400億円が使われました。尤も、着陸料などの収入がこの会計に組入れられているので全てが損失ではありません。ここ数年は環境対策費が減り、着陸料収入が伸びているので両者の収支は60億円ほど黒字だといわれていますが、バックデータは見つけられませんでした。過去のデータでは環境対策費140億円に対し着陸料収入は100億円で40億円の赤字というものもあり、トータルの収支は恐らく数百億円の赤字でしょう。データはありませんが。近年の黒字にしても、関空が払っている固定資産税にも満たない額です。一方の関空は、開港からの10年で有利子負債を3000億円ほど圧縮しています。この間の政府補給金の総額は1000億円もありません。つまり、非常に不利な条件にもかかわらず経営的には関空の方がよほどうまくいっているのです。

余談ですが、私の母親の関空観には「関空って、地盤沈下で水没するんでしょ?」というのもありました。しませんって。当初(着工前)の予測より多めに沈下していることは事実ですが、想定の範囲内です。また、予想以上の沈下の原因である洪積層と呼ばれる粘土層の圧密挙動は現在はほぼ解明されており、今のモデルでは実際の沈下を非常に正確に再現できています。補修を含めた将来の事業計画は常に最新の知見、沈下予測に基づいて決定されています。技術は進歩しているし、技術者も馬鹿ばかりじゃないんです。ついでに言うとアナタの息子は日々関空の沈下予測計算を業務として行っているのです。尚更信用できませんか。すみませんね。
冗談はさておき、2004年にアメリカの土木学会がMonument of the Millenniumと題して世界中から西暦1000年代の偉大な土木事業を選んだ際、空港部門では関空が選ばれたのです。ミレニアムったって、空港なんてここ100年程度しか存在しないだろうと思いますが、関空プロジェクトの土木技術が世界的に高い評価を受けているのも事実なのです。

そろそろ本論に入りましょう。関西国際空港の構想が固まった時、「アジアの国際ハブ空港」というのが基本理念でした。東アジア各国が戦略的にハブ空港整備を進める中、成田空港の第二滑走路用地の買収交渉は頓挫していて、このままではハブ機能をアジアの国々に持っていかれるという危機感があったのです。少なくとも担当者の中では。ハブ空港とは、ハブ&スポークネットワークの中心となる空港です。自転車の車輪の中心、回転軸の部分をハブ(hub)、中心から外側に放射状に伸びる輻をスポーク(spoke)と呼びます。交通ネットワークでは、各ノード(端点)をそれぞれ直接結ぶのではなく、エリアの中に一つ核となるハブを作り、各ノードとハブを結び、エリア外とはハブを経由して結ぶという形がハブ&スポーク型のネットワークです。九州などの地方空港から国内線で関空に飛び、そこから国際線に乗り継いで海外へ行く場合、関空はハブの役目を果たしていることになります。航空ネットワークの場合、スポーク端のノードに当たる空港をハブまでの近距離便に限定、小型機材を用いることで滑走路など施設規模を縮小でき、より市街地の近くに整備することができるというメリットもあります。理想的なハブ&スポーク航空ネットワークは、各都市が市街地の比較的近くに小型の空港を備え、最寄のハブ空港との間を小型機材が頻繁に往復していて、ハブ空港は複数の滑走路を備えて近隣の地方空港との便と、海外を含め他地域のハブ空港との便を接続するというイメージです。これだと必ず2回乗り換えが発生することになりますが、ハブ~地方便の便数が多ければ待ち時間は短くできます。この場合、ハブ空港は大都市の近郊にある必要はなく、周りに何も無い辺鄙な場所でも広大な敷地と多数の滑走路を備えていた方が良いことになります。ハブ機能に特化するのであれば、空港へのアクセスなどは意味を為さないことになります。
実際にはこのような、航空ハブ機能にのみ特化した空港は存在しません。大都市近郊の空港にハブ機能を持たすのが一般的です。ハブには、特に物流においては鉄道、海運、陸運など他の交通モードとの結節点という意味もあります。その意味でも、ある程度大都市圏に近い方が便利なのは確かです。
関空の目指す(目指した?)国際ハブ空港というのは、国内線と国際線の結節というだけでなく、アジアのハブ空港という意味でもあります。アメリカ大陸と東南アジアを結ぶ便などは、現在主流の機材では航続距離の点で直行での運行は難しく、多くが成田空港を経由します。経由地を集約すれば太平洋越えの長距離線での搭乗率を上げることができ、航空会社にとっても特定のハブ空港を持つメリットは大きいのです。成田空港は高い着陸料にも関わらず需要は大きいのですが、暫定供用の第二滑走路を合わせても供給能力は不十分です。更に成田空港は国内線が少なく、首都圏以外の日本国内を発着地とする利用者にとってはあまり使いやすい空港ではありません。そこで、新たに造る関空をアジアのハブ空港として整備し、成田で賄い切れない需要を捌いて韓国の仁川やシンガポールのチャンギに移りつつあるハブ機能を国内に繋ぎ止め、加えて国内線、国際線の結節点の役目を果たすという構想だったのです。そのためには、仁川やチャンギと張合える競争力を持った着陸料設定と、路線数、便数ともに十分な国内線の集約が必要です。100%空港整備特別会計による整備と、伊丹空港からの全便移行が実現すれば十分に可能な戦略でした。

前提は、両方とも崩れます。事業費は関空会社が独立採算で償却することとなり、更に予想以上の沈下やヤクザ紛いの地元漁業組合への法外な保証金のため事業費は膨らんで、それを償却するため非常に高い着陸料設定を余儀なくされます。最大の誤算は、伊丹空港の存続です。乗り継ぎの利便性を考えれば全ての便を一つの空港に集約しなければいけません。伊丹空港ではそれができなくなったので、関空を造ったのです。これまでの経緯を無視して、更に関空の建設に既に使ってしまった費用も無視したとしても、伊丹空港が現在関空で捌いている需要を取り込むことは処理能力からいって不可能です。ここで、関空は全く不要、という議論は除外します。関空を使うという前提では、国際線を分離するのはハブ機能(まだ看板は下ろしていない)を維持する上で不可能であり、更に伊丹空港への集約は使用機材、利用時間の制約から不可能です。結果的に、現在の実情どおり国際線は関空集約、国内線を関空、伊丹で分担とするか、あるいは全てを関空に集約して伊丹空港を廃港するかの二者択一となります。現状は前者です。これは正しい判断だったのでしょうか。

利用者便益の観点から検証してみましょう。まず、大阪を出発地または目的地とする利用者にとっては先のサービス拠点としての議論に繋がり、伊丹の便が多ければ多いほど有利となります。乗り換えるわけではないので、どちらかの空港に国内線が集約されていることによるメリットは関係ありません。一方、出発地と目的地がともに大阪以外の乗り継ぎ客については、大阪の市街地へのアクセスはどうでも良く、一つの空港に便が集約されていることが重要であり、その空港は国際線のある関空ということになります。
実際には、現在伊丹空港及び関西空港の国内線利用者の大多数は大阪を起点もしくは終点としており、乗り継ぎ需要はそれほど大きくありません。そのため現時点での需要に対し利用者便益を最大化しようとすると、伊丹空港に可能な限りの便数を集め、捌ききれない分だけ関空に回すということになります。航空会社にしてもなるべく集客力のある路線に経営資源を集中したいので、伊丹の発着枠の確保に懸命になります。
その結果、九州などから関空発の国際線を利用する場合は一旦伊丹空港に飛んで、関空までバス等で移動するという不便を強いられます。首都圏の羽田空港と成田空港も同じ問題を抱えています。

続いて、国家戦略としての空港整備計画の面から考えてみたいと思います。交通インフラ整備は国土計画の中でも大きなウェイトを占め、長期戦略的な視野に立った計画的な整備が求められます。特に港湾、空港については国際的な動向を睨み、需要を呼び込む政策も必要となります。一般的に、交通インフラ整備は大都市圏以外はミクロ的な費用対効果ではペイしないことが多いのです。そのため、道路、港湾、空港などの整備はどの国でも国家事業として行うのが普通です。現時点で需要が無く、短期的には大きな赤字になるような事業であっても、それが国際的な需要を創出して長期的に国全体の経済成長に貢献するような場合は国が事業主体となって遂行するのです。アジア各国で大規模な港湾、空港整備が行われているのはそういった事例です。ここで各国が狙っているのは、国際ハブ機能です。人、モノ、情報が集積するハブを国内に抱えることで、様々な相乗効果が期待できるからです。それらの効果の受益者の多くは民間部門ですが、民間企業が巨額の整備費用を自前で調達して港湾や空港のようなインフラを建設するのは不可能です。そのため、国費を投入するとともに税制上の優遇処置などを設け、国家戦略として国際競争力を高めています。
ところが、日本においては近年「小さな政府」を目指していることもあり、特にマクロ政策では近隣諸国に見劣りします。国土整備計画などは元々マクロ的によく考えられているのですが、政治家のセンセイ方は国全体の利益より選挙区の利益を優先する傾向があり、色々な圧力で計画は捻じ曲げられてしまいます。また、政策を作っている官僚の方々も「どうせ馬鹿な国民に何言っても分かりゃしないよ」と思っているのか、政策の意図を分かりやすく説明するという努力を怠っています。私は、たまたま大学で都市施設計画(交通工学)を専攻し、今の会社で関空のプロジェクトに関わっているため、こと関空の問題に関しては世間一般の人より関心を持っています。だから特にもどかしく思うのですが、国際ハブ空港の必要性、長期的、マクロ的な戦略、関空会社の経営状態などについて、世間では誤解されています。関係者(私のような末端の技術者でなく、もっと中枢の人達)はもっと世間に対して説明する努力をすべきだと思います。それが、公共事業を担うもののアカウンタビリティというものでしょう。

上の段落を注意深く(批判的に)読んだ人は、肝心のマクロ政策について定量的な評価をしていないことに気付いたかも知れません。ミクロ的な数字を散りばめつつマクロ部分は定性的な議論でごまかすというのはマスコミなんかでもよく使う手ですが、本当の所、ちゃんと評価できるだけの資料も理解力も持ち合わせていないというのが正直なところです。ただ、そういう研究が行われているのは事実で、海運ネットワークについてはハブ機能整備による国際需要の遷移、といった研究を私自身学会で聴いたことがあります。自分の不勉強のせいで中途半端な議論しかできないのが歯痒いところですが、国際ハブ機能が隣国に集約されるか、国内に集約されるかでは、数十年スパンのGDPへのインパクトとしては施設の整備及び運用予算よりは遥かに大きなものになると思われます。多分。

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