今でこそ猫も杓子も持っている携帯電話だが、私が始めて手に入れた10年ほど前は、珍しいというほどではないにせよ誰でも当たり前に持っているものではなかった。まだデジタルのサービスは始まったばかりで通話可能エリアも狭く、実用はアナログと言われていた。ちょっと前のFOMAとMOVAみたいなものである。私の端末は液晶(当然モノクロ)にカタカナのみながら日本語が表示でき、当時はそれが結構画期的なことだった。通話料や基本料も今と比べると随分高かったと思うが、私なりの損得勘定で十分にペイすると判断して購入に踏み切ったのだ。当時私は建設現場で資材を手作業で運ぶ揚重という仕事をしていた。この職種は時間の拘束がなく、やり仕舞いという請負いが一般的で、半日程度で終わる仕事が多い。その分1現場当たりの単価は普通の土木作業員より安く、稼ぐためには一日に複数の現場をこなさなければならない。通常は半日程度で終わる仕事でも、何らかの都合で長くかかることもある。拘束時間が5時間を超えると残業代が出るが、次の現場があるからと請けた仕事を途中で投げ出すことは許されない。そのため、「ダブル」と呼ばれるその日2つ目の仕事は、最初の現場が完了して初めてエントリーできる仕組みになっていた。現場は郊外にあることが多く、公衆電話を探すのに意外と時間がかかったりする。「ダブル」は原則先着順なので、仕事をやり終えてからいかに早く会社に連絡するかが収入に直結するのだ。携帯電話を持つことで1月にこなす現場数が3つ増えれば通信費をカバーしつつ、初期投資も3ヶ月程度で回収できる計算だった。実際にはそれ以上の効果があった。最高記録は月50現場で、この時は社長賞をもらった。
その後しばらく日本を離れ、帰ってきたときには携帯電話サービスはほぼ完全にデジタルに移行していた。若い社会人が携帯電話を持つのはほぼ当たり前で、大学生が持っているのも珍しくはなくなっていた。当座の資金を稼ぐため長距離トラックの運ちゃんになった私もすぐに購入した。端末は当たり前に漢字の表示ができたが、メールが使えたかどうかは覚えていない。いずれにせよ、使ってはいなかった。この頃から、ローミングエリア内でも同じ番号で着信できるようになったと思う。ちなみに、国内の話である。以前は、例えば関西で契約した電話を関東で使う場合、電話番号の頭の030を040に換えて掛ける必要があったのだ。
しばらくして、メールが使え、かつ唯一受信無料のサービスを提供していたJ-PHONEに乗り換えた。プロバイダのアカウントに来るメールを全て携帯電話に転送したかったのだ。以来、契約地変更で一度番号は変わったものの同じキャリアを使い続けている。もっとも、キャリアの名前はJ-PHONEからVodafoneになり、来月にはSoftbankに変わってしまうが。来月からナンバーポータビリティ制度が始まるが、今のところキャリアを変えるつもりはない。私の場合、番号は別にどうでもいいのだ。それより、端末を流用できるようにして欲しい。今もっているNokiaがそのまま使えるのなら、番号が変わっても迷わずauに乗り換えるところだ。日本と韓国以外のGSM方式の国では同じ端末をどのキャリアでも使えるのが一般的だが、日本の場合端末を安く販売するためキャリアがその分を負担しているので、当然他のキャリアでは使えないようになっている。また、第3世代についてはDocomoとVodafoneのW-CDMAに対しauはCDMA-2000と通信方式も異なるために端末の流用は実質的に不可能だ。
これはもう、世界標準ではどうのとか日本の鎖国的な体制がこうだとか言っても始まらないわけで、現状ではそういうもんだと思ってあきらめるしかない。でも、端末がこれだけ高機能になっている今、端末とキャリアを別々に選ぶことができるというのは比較的一般にアピールし易いと思うのだがどうだろう。例えば、Sonyのウォークマン携帯は使いたいけどDocomoじゃなきゃ嫌だとか、Vodafoneに乗り換えたいけどauでダウンロードした着うたは捨てたくないとかは結構あるんじゃないだろうか。おサイフケータイとか有料の楽曲ダウンロードとかがもっと一般的になって、端末を変えずにキャリアを変わりたいという要望が多くなればそのうち各キャリアも対応せざるを得なくなるかもしれない。
余談だが、関西の私鉄・JRのほぼ全ての路線で料金支払いを共用できるに使えるスルッとKANSAIというサービスがあるが、この普及の原動力となったのは「関西の文句の多いお客様」だそうである。サービス開始当時は、まだ対応する路線が少なかった。対応していない改札機にこのカードを通すと、当然止められてしまう。そこで「あ、まちがえた」とは思ってしまうようならあなたは関西人としてまだまだ修行が足りない。真の関西人は、「何で使えへんねん」と駅に文句を言いに行くのだ。そういうお客様がいつまでたっても減らず、導入を見合わせていた各社も対応せざるを得なくなり、あっという間に対応路線が拡大したということだ。
これはもう、携帯電話の端末ポータビリティ(今勝手に名前を付けた)についても関西のユーザーから各キャリアに圧力をかけてもらうよう期待するしかあるまい。「何や、あんたとこの会社に移ったらこの電話もう使われへんのかいな。こないだ買うたばっかりやで。着メロやら壁紙なんかもようけダウンロードしてるがな。あんたこれ移してくれるんか?くれへんの。そんなんやったら番号だけ引き継いだかて意味ないがな。そらあんた殺生やで。何とかしてや、なあ兄ちゃん」とか言いながらショップの店員に詰め寄り、更にメーカーやらキャリアのサポートセンターに電話しまくるおばちゃんが増えてくれることを期待したい。