教育政策が迷走している。「ゆとり教育」が破綻してるのはずっと前から分かっていたはずなのに、今更何やってんだか。小学生の子供を持つ親としては、この先日本の教育行政がどうなっていくのかは大いに関心のあるところだ。これに関して、という訳じゃないんだけど今月20日発売の The Economist に興味深い記事があったので紹介しよう。The Economist っていうとお堅い経済誌のイメージが強いけど、割と色んなジャンルの話があって文体もそんなに堅くない。以下はたろ父によるいいかげんな翻訳だけど、文体は敢えて柔らかめにしている。
トップを目指せ! (How to be top — The Economist October 20th-26th 2007 p76-77)
トニー・ブレア前首相の顧問も務めた”Sir”マイケル・バーバー氏によると、イギリス政府は教育政策のありとあらゆる部分を一度ならず変えまくってきた。学校の構成、運営、標準カリキュラム、評価とテスト、行政の役割、政府の関与、学校経営、何でもござれ。あらゆるものが変更され、時には戻されたりしてきた。ただ一つ変わらないのは成果(の低さ)だけだ。国立教育研究基金によれば、過去50年において小学生の文章読解と数学の成績で目に見える改善は(ごく最近を除いて)全くない。
イギリスだけじゃない。オーストラリアは生徒1人当たりの教育予算を1970年以来ほぼ3倍にしてきたし、アメリカでも1980のほぼ倍になって、しかも1クラスの人数は過去最少だ。でもやっぱり、効果はない。
じゃあ、いっそ何もしなけりゃいいと思うかも知れないけど、そういうわけにも行かない。教育のレベルってのは国によってすごく差がある。OECDのProgramme for International Student Assessment (PISA)が何度も何度も計算して評価してるけど、よくやってる国はそうでない国より遙かによくやってるし、しかもトップに名を連ねるのはいつも同じ国だ。カナダ、フィンランド、日本、シンガポール、そして韓国。
じゃ、これら「勝ち組」の共通点って何だろう?お金じゃないのは明らかだ。シンガポールの1人当たり予算は大抵の国より少ない。生徒の勉強時間かっていうとそうでもない。フィンランドは学校が始まるのも遅いし、他の先進国に比べて勉強時間も長くない。コンサルタントのMcKinseyがPISAの知見を元に提言する(教育関係者のほとんどはそもそもこういうことをやらない)には、学校がやるべきことは3つある。良い先生を集め、先生の能力を最大限に活用し、そして遅れそうになっている生徒をちゃんとケアすることだ。別に特別なことないじゃんって?学校はみんなやってることだって思う?実はやってないんだ。これらを本当にちゃんとやろうとすれば、今の教育システムは劇的に変わることになる。
最高の先生を雇用するってのから見てみよう。韓国のある高官が言ってたけど、「教育の質は、教師の質を越えることはできない」ってのは疑いようがない。テネシーとダラスで行われた実験でも明らかだ。標準的な生徒を上位20%の教師が教えたら生徒の成績はトップ10%を発揮し、下位20%の教師に教えられた生徒の成績は最下位だった。教師の能力は、他のどんなことより生徒の成績に大きく影響する。
それでも、大抵の学校システムってのは良い先生を採用するようにはできていない。NGOのNCSAWによれば、アメリカで教員に採用されるのは大学新卒者のだいたい下位1/3だ。ワシントンDCでは最近Teach for Americaっていう団体の出身者を公立学校の総長にして、優秀な卒業生に2年間学校で教職に就いてもらおうとしたんだけど、この試みはえらい騒ぎを引き起こしてしまった。
優秀な人が集まらない原因の1つには予算不足(政府はそんなお金ないってビビっちゃう)があるんだけど、他にも別の目標が邪魔になってる場合がある。先進国は大抵どこでもクラスの生徒の人数を減らそうと頑張ってる。てことは、他の条件が一緒なら同じ給料プールでたくさんの先生を抱えるわけだから、先生の給料は下がってステータスも落ちるわけだ。このことは、もしかしたら小学校より後ではクラスの大きさと成績にほとんど関係がないっていうパラドクスの説明になるかも知れない。
それでも、McKinseyが言うにはパフォーマンスの高い教育システムがあれば有能な先生が集まってくる。フィンランドでは新しく先生になるには修士号が必要だし、韓国は小学校の先生を新卒のトップ5%から採用している。シンガポールと香港でもトップ30%だ。
どやってこれを実現してるのかっていうのがまた驚きだ。べらぼうな給料で学生をいっぱいおびき寄せて、その中から優秀なのを選んでるとか思ってるでしょ?そうじゃない、ってMcKinseyは言ってるんだ。もしお金がそんなに重要なんだったら、世界一高い給料を貰ってるドイツ、スペイン、スイスの先生たちは最高に優秀ってことになる。これがそうじゃないんだな。実際には、トップクラスの先生たちはごく平均的な給料しか貰ってない。
大勢の教育実習生の中から優秀なのだけ選ぶっていうのも違う。ほとんど正反対って言ってもいいくらいだ。シンガポールでは、教育実習を受ける前にふるいに掛けられて、ポストの数だけしか受け入れてもらえない。一度受け入れられたら教育省に直接雇用されるから、ある意味職は保証される。フィンランドでもやっぱり教育実習生は必要最低限しか採用されない。どっちの国でも先生っていうのはかなりステータスの高い職業で、(だって相当な競争を勝ち抜かないとなれないからね)実習生の訓練には十分な予算があてがわれている。(そりゃ、人数が少ないんだから)
韓国を見れば、2つのシステムの違いがよく分かる。小学校の先生になるには4年間のコースをパスしなきゃいけなくて、コースを提供してる大学は全国に12しかない。募集は空きポストの数だけだから、そこに入り込めるのは本当に優秀な学生だけだ。一方、中学校の先生になるための資格は350もの大学で取れるし、基準もうんと緩やかだ。当然、中学校の先生の資格を持った人ってのが大量に生産されることになる。少なく見積もっても必要な数の11倍ってとこらしい。その結果、中学校の先生っていう職業は韓国ではかなりステータスの低いものになってしまっている。みんな小学校の先生になりたがるわけだ。この、韓国の教訓から見えてくるのはどうやらこういうことらしい。つまり、先生になるための門戸は狭い方がいいってこと。
優秀な人材を確保できたとして、つぎは彼らにどうやってしっかり働いてもらうかだ。教師っていう仕事は、自分の教室でしっかりトレーニングを積むのはなかなか難しい。(医者になる人が病院でしっかり鍛えられるのとは対照的だね)それでも、成功している国ではこの難しさを克服するためにもやっぱり色々やってるんだ。
シンガポールでは、先生は1年当たり100時間のトレーニングがあって、各学校では若い先生の技術を評価するためにベテランの先生が専任でついている。日本とフィンランドでは、先生たちがお互いの授業を見学して、技術を伝え合うしくみがある。フィンランドでは毎週1回、午後いっぱいをこれにあてることになっている。ボストンっていうのはアメリカで最も公教育が改善されてるって言われてるんだけど、そこでは同じ教科を教える先生たちが一緒に企画するフリークラスがあるように時間割が組まれている。これは、良いアイディアを広めるのに役立つんだ。ある教育関係者がこう言ってた。「アメリカですごく優秀な先生が引退するとき、彼女が築き上げた授業プランもやり方のコツもほとんどが一緒に引退する。日本ではベテランの先生が引退するとき、彼女はちゃんと遺産を遺す」
最近では、成功してる国はどうやって相応しい人材を雇用するか(モノゴトが間違った方にいかないように)ではなくて、むしろ実際うまくいかなくなってきた時に何をするかってところで特長を出している。だって、モノゴトってのはたいていうまくいかなくなるものだからね。ここ数年の話をすれば、どこの国でも共通テストに関心を寄せ始めている。教育の質が基準を満たしているかどうか計るにはまあ、一番一般的な方法だろう。McKinseyの調査では共通テストの有用性についてはあるともないとも言っていない。っていうのは、ボストンでは毎年全ての学生がテストを受けてるけどフィンランドは全国的な試験ってほとんどやってないんだ。さらに、ニュージーランド、イングランド、ウェールズでは3~4年ごとにテストを実施して結果も公表しているけど、フィンランドでは公式なレビューもなければ結果も非公開だ。
ただし、生徒や学校が落伍しそうになったときにどうするのかっていうところでははっきりとしたパターンがある。うまくやってる国では早い段階で介入するし、回数も多い。フィンランドでは落伍者救済の特別授業を担当する専任の先生がどこよりも多い。ある学校では生徒7人につき1人いる。1年のカリキュラムごとに、全体の1/3の生徒は個別復習レッスンを受けることになっている。シンガポールでは、下位20%の生徒には追加授業が組まれて、先生たちは放課後も手助けが必要な生徒のために学校に残ることに(時には何時間も)なっている。
ここで書いてきたことは、ロケット科学のような最先端の知見は何一つない。それでも、現状の教育政策における暗黙の仮定の幾つかに反することは確かだ。現役の教師や行政(あるいは親)に聞いてみると、よく言われるのはすごい高給を払わずに良い先生を集めるなんて無理だとか、シンガポールで先生のステータスが高いのは孔子の教え(要は儒教ね)によるもんだとか、いやアジアの生徒ってのは元々お行儀が良くて文化的な背景から先生の言うことをよく聞くんだとか、そんなことだ。McKinseyの結論はもう少しばかり楽観的なようだ。曰く、どうやって良い先生を集めるかってのはどう選別して、どう訓練するのかにかかっている、べらぼうな高給を用意しなくても教職というのは優秀な学生の魅力的な選択肢になりうる、そして何より、ちゃんとした政策さえ採れば学校だって生徒だって落伍を運命づけられることなんてなくなるんだ。
(ここまで)
ちょっと紹介のつもりが、たろ父の英文和訳練習になってしまった。まあアレだ、McKinseyのリサーチったって万能じゃないし、日本が勝ち組に入ってるあたり正直どうよ?と思わないでもないけど、それなりに有用な意見だとは思う。現場の先生方一人一人は(一部を除いて)頑張ってくれていると思うけど、それだけじゃどうにもならないのは事実。行政ってか、システムをちゃんとしないとね。何より、政策(policy)に一本通ったポリシーが感じられないのは問題だと思うね。