福島第一原子力発電所事故の被害考察

投稿者: | 2011年4月5日

2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震とその後の津波は甚大な被害をもたらし、4月5日現在被害の全容はまだ明らかになっていない。更にこの影響で東京電力福島第一原子力発電所が制御不能となって環境中に放射性物質が放出され、近隣住民に被害指示が出されるという未曾有の事態となっている。原子力災害としても国内では史上最悪であり、未だに収束の目処が立たず現在進行中の危機となっている。原子力産業に関わる技術者として、現時点で想定される被害規模について考察してみた。

1. 事故の原因、経緯
現在は進行中の事象に対する緊急対応の段階であり、事故原因の詳細な分析は事態がひとまず収束した後に複数の機関で行われるだろう。ここではごく簡単に経緯を説明する。
地震発生時、6基ある原子炉のうち1~3号炉の3基が運転中だった。地震と同時に自動的にスクラム(緊急停止)が行われ、制御棒が全挿入されて核分裂が停止した。同時に非常時冷却系が起動したが、その後の津波で外部の電力、非常用ディーゼル発電機ともに失われて全交流電源喪失状態となる。電源車が手配されたが
受電部の端子が津波で浸水していた等のトラブルが重なり、電力が供給できない状態が続いた。
一方、炉内では核分裂反応は停止したものの崩壊熱による発熱は継続しており、全ての冷却系が止まったことにより温度、圧力が上昇、圧力逃がし弁を通して原子炉容器から原子炉格納容器、さらに原子炉建屋に放射性物質を含む蒸気が漏れ出した。その結果建屋内で放射線量が増大、アクセスがしにくくなった。更に高温になった炉内で水素が発生し、蒸気と共に建屋内にリークして酸素と混合、爆発に至った。
爆発によって多くの機器、計器が損傷し、さらに放射線量も増加した。その後は対策が取れないまま事態が悪化、更に対策が困難になるという悪循環に陥った。
以上が現時点で推定できる簡単な経緯である。悪循環の開始点は、津波による電源の喪失ということになる。

2. 放射性物質の放出、外部への影響
地震発生の当日中に原子力緊急事態宣言を発表、半径2km圏内の住民に避難指示が出された。その後半径3km、翌12日には10km、更に20kmと避難指示が拡大された。原子炉格納容器の破壊を防ぐため、1号炉が水素爆発を起こす前から弁を解放、放射性物質を意図的に環境中に放出するという国内初の処置を行った。弁の解放はその後も断続的に行われ、爆発や火災などによる意図しない放出と合わせ翌週に掛けてかなりの量が放出されたと見られる。発電所の敷地境界(正門付近)の空間線量率で14日に最大11mSv/hが記録されたが、17日以降は減少傾向にある。
事故に由来する放射性物質の影響で、福島県内を中心に各地の農作物、水道水などに一時食品衛生法の基準を超える放射性物質が検出された。現在までにほぼ基準を下回る値に落ち着いているが、出荷制限は継続している。
原子炉の冷却のため海水を含む大量の水を放水あるいは注水している影響で、発電所敷地内には高い放射線レベルの排水が各所に溜まっており、一部は海に流出している。また、東京電力は高レベル廃液の収容場所を確保するため低レベル放射性廃液約10,000tの海洋放出を決定、実施している。
海産物については放射性物質に関する規制がないが、一部の魚に農産物の基準値を超える放射性物質が確認されている。

3. 最終的な人的被害規模の推定
経済的な被害規模は想像できないくらい巨額になると考えるが、ここでは人的被害、それも放射線に直接由来する健康被害に絞って考察する。現在までに確定しているものとして、作業員3名が高レベルの水に足が浸かった状態で作業したことにより火傷のような症状で入院している(既に退院済み)。また、放射線作業従事者の個人被曝限度が緊急時対応で年間50mSv(5年間で100mSv)から250mSvに引き上げられており、既に10数名が累積100mSvを超えて被曝しているとのこと。この程度では確定的影響(急性障害)は発生しないが、将来の癌などの発症率が確率的に上昇する危険がある。最終的には、100mSvを超えて被曝する人数は更に増えると思われ、突発的な事故等で250mSvを超える被曝の可能性も否定できない。
続いて、従事者を除く公衆の放射線被害を考察する。避難指示が出されている20km圏内にも数名が残っているということだし、30kmを超えるエリアでも風向き等によっては高い線量率が出る可能性があり、公衆への被曝限度である年間1mSvを超えて被曝する人が出る可能性は否定できない。ただしガラスバッチを着けていない一般人の被曝線量を正確に計測する方法はなく、仮に基準を10倍程度超えたとしても健康上で統計的な有意差が出ることはない。
農・畜産物については基準を超えたのは数日間で、基準は1年間その濃度を摂取し続ける前提で定められているため、純粋に科学的にはそもそも出荷制限も不要である。海産物についても同様で、高レベル廃液の流出が続いている間は一定割合で高い線量が検出される可能性があるが、生物濃縮の効果より拡散・希釈の効果が大きいため、流出が止まれば時間と共に線量も下がると思われる。
以上より、この事故による人の健康への放射線被害は発電所内作業従事者に限られ、公衆の放射線被曝障害は将来にわたって発生しないと推察する。

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