The Economistの3月24日号の記事で、福島第一発電所の事故が今後世界のエネルギー戦略に与える影響について興味深い記事があった。現時点ですでに予想が外れている部分はあるが、考察として非常に参考になると思うので翻訳の練習も兼ねて全訳してみる。原文は以下のURL。
http://www.economist.com/node/18441163
蒸気が晴れたとき
福島の危機によって原子力の成長は遅くなるだろう。あるいは後退するのか
どんな放射性降下物の拡散より速く広まったのは恐怖と不安だった。今のところ、3月11日の津波によって引き起こされた日本の福島第一原子力発電所の危機による発電所周辺の環境あるいは公衆の健康への被害は仮にあったとしてもごく僅かのようだ。事態の推移は進退を繰り返しているものの、まもなく制御可能になるようだ。
しかし、当面の危機は継続中だ。炉心に損傷を受けた3基の原子炉で炉内温度はまだ不安定で、使用済燃料プールの冷却水系はよく言っても応急処置だ。流通はしていないものの戸惑うほど遠いところで食品の汚染が見つかり、遠く離れた東京でも水道水に不安を感じる人がいる。
もっと長く続く影響もある。浄化作業は何年もかかるし、場合によっては何十年も掛かるかも知れない。永久立入禁止区域は発電所の敷地外にまで広げられるかも知れない。大量に被曝した作業員はこの先の人生で癌のリスクが高まる(それでも余生は十分長いだろうけど)。将来の長期間に対する不安、恐怖と言ったことは将来のエネルギーの議論の中で常に原子力発電につきまとっている問題の一つだ。
多くの環境保護活動家にとって、原子力発電をエネルギー議論から排除することが最大の目的となっている。一言で言って、原子力は信用できないというのだ。いつかどこかで原子炉は暴走する。1979年にはペンシルバニア州のスリーマイルアイランドで事故が起きたし、1986年にはチェルノブイリでも起きた。今また3つの原子炉が暴走しているというわけだ。4月にはチェルノブイリの25周年を控え、議論は白熱している。今回の事故はチェルノブイリの事故とは全く比較にならないが、ある意味ではスリーマイルアイランドの事故よりかなり深刻だ。使用済燃料ピットの問題も加わり、言ってみればスリーマイルの事故が立て続けに起こっているようなものだ。
福島第一を襲った自然災害は確かに想定外だったが、この議論は諸刃の剣だ。原子力を計画する側にとって地震国の低地で如何に酷いことが起こりうるかというのはできれば考えたくない問題で、計画の甘さが問題の一部であることは確かだ。近年日本で原子力への信頼が高まっていたのは、過去のスキャンダルの結果当事者が辞職し、計画者、電力会社そして規制当局で改革が進むとの期待があったからだ。内閣府の調査によれば2005年には原子力が安全と考える人は1/4しかいなかったが、昨年には40%以上となっていた。新規のプラントの立地を確保するのは簡単ではなかったが-結果的に古いプラントが残った-不可能でもなかった。
原子力産業も他の国と同様、活力を取り戻しつつあった。貿易団体の世界原子力協会のデータによると実際に計画されている以上の電力供給力整備が提案されていた。今となっては増設計画のほとんどは葬られる可能性が高く、古いプラントの更新すらも問題視されかねない。
去年火山の噴火でヨーロッパ中の航空便が欠航になり、油井事故でメキシコ湾が原油に染まったときも、石油の利用や飛行機の利用をあきらめようという運動が広まることはなかった。しかし原子力は石油や飛行機と比べると世界の原動力としての存在が遙かに小さいのだ。原子力発電の世界発電量に占める割合は14%に過ぎず、代表的な設計寿命40年に対して中央値で運転年数27年と、多くのプラントが遠からず寿命を迎える。世界中で空の旅や石油への欲求は果てしないが、新しい原子力発電所にはここ四半世紀ほとんど需要がなかった。
これは、必ずしもチェルノブイリの直接的影響によるものではない。新しい原子力発電所には大変な額のお金が掛かる。福島の事故の後では少なくとも許認可の不確実性が増し、更にコストが上がるだろう。今回表面化した更なる問題は、もし地球の反対側にある同じ設計のプラントで、事業者がヘマをやらかしたり建設時のいいかげんな施工のせいで問題が起こったときにこちらのプラントも止めなければならなくなることだ。これは単なる論理的可能性の話ではない。ドイツでは3月半ばまで公式に安全とされていた7基の原子炉が停止した。これらの少なくとも一部は二度と起動されることはないと考えられている。
仮にそうなったとして、ドイツはそれほど困るわけではない。ドイツの原子力産業はチェルノブイリの後縮小し、代わりに天然ガスと再生可能エネルギーが急速に発展した。ガスや二酸化炭素排出の価格が上昇するし、新しい原子力発電所が高価だとしても既存のプラントは安価に発電できるのでドイツの電気料金は高くなるだろう。だとしても別に世界が終わるわけではない。
14%の解決法
従って、原子力発電は危険で、人気がなく、高価な上リスクも高いようだ。原子力を置き換えるのは比較的容易だし、原子力なしでやっていくのに世界の構造にとてつもない改造が必要なわけでもない。では、原子力のない世界はどんなものだろうか。
一番明らかな答えは、「すこし暖かい」である。2009年の全世界で発電による二酸化炭素排出はおよそ90億トンである。工業総計では300億トン、森林消失と他種ガスの影響を加味した等価量はざっと500億トンだ。原子力がなく、その分を他の燃料で比例配分したとすると発電による排出量は約110億トンになる。この差は、おおまかにドイツと日本の総排出量を合わせた量と同じくらいである。
これを考慮して国連環境計画が2010年に行った試算によれば、世界が地球温暖化を2℃に止めることができる合理的な条件は二酸化炭素の排出を2020年までに440億トンまで削減することである。何もせず生産活動を続ければ、排出量は540億トンから600億トンになる。各国が国連に提出している最も野心的な計画を実行した場合、この数値は490億トンまで下がるが、残り50億トンの削減は非常に厳しい。したがって、原子力発電で削減できる20億トンには非常に大きな意味がある。
国連環境計画によれば、原子力発電からの完全撤退はあり得ない。77基の原子炉が建設中の中国は福島の事故を受けて計画を見直すと言っているが、全てストップすると見る向きは少ない。中国のエネルギーに対する欲求はすさまじく、そして増え続けている。今のところエネルギー部門は石炭に偏っているが、エネルギー多様性ときれいな空気を得るため、最新の5ヶ年計画では風力、ガス、原子力を含む非石炭エネルギーの成長を謳っている。反対派の意見や、規制当局の許認可の不確実性といったことは他国と異なり中国では大きな問題とはならない。
他にも前向きな国がある。ロシアは、開発中の10基の原子炉を中止する理由は何もないと言っている。それでも、OECD諸国が政策の変更や地元の反対のため一斉に撤退する可能性はある。中国がいくら野心的と言っても、現在原子力発電の80%はOECD諸国で発電されているのだ。
フランスの銀行ソシエテ・ジェネラルのアナリストによる分析では、OECDの富裕国が新規のプラントを建設せず、既存のプラントが設計寿命を迎えたら閉鎖するに任せた場合に余分に排出される炭素は2010年から2030年までの平均で年8.6億トンになる。化石燃料を燃やさず、信頼の置けるベースロード電源は原子力と大規模ダムの水力だけなので、この予測は電力システム全体としての影響を過小評価しているかも知れない。再生可能エネルギーはいくつかの国で急速に容量を増やしているが、いつも設計通りに通りに風が吹いたり日が照ったりしてくれるわけではない。他種類の電源が効率的かつ堅牢なスマートグリッドに接続されればかなりの部分が平準化されるかもしれないが、それでもベースロードに必要な容量には到底足りない。
大部分の研究において、完全に脱化石燃料化した電力システムの実現は原子力か、炭素吸着貯蔵(CCS)技術とコンビの化石燃料プラントによると推定されている。しかしCCSは必要とされる規模では全く実証されておらず、既存および計画中の原子力プラントを置き換えるのは無理難題だ。さらに、傲慢な原子力技術に反対する人はCCSに必要な、窒息の危険があるガスを地中に大量に貯蔵することにも反対するかも知れない。こういった”numby”(not under my back yard:賛成だけど、うちの近所ではやめてくれ)な態度ですでにいくつかの試験プロジェクトが影響を受けている。
糞ったれバーモントヤンキー
アメリカは稼働中の原子力プラントの数で世界をリードする原子力大国だが、原子力からの撤退でも世界をリードするかも知れない。2007年、議会は原子力発電に借入保証を提供することに合意し、応募した新規発電所計画は28件にのぼった。バラク・オバマは2010年1月の一般教書演説で「新世代の安全でクリーンな原子力発電所」を作ると公約した。ところがこれは福島の事故が起こる以前から既にかなり怪しくなっている。景気後退によって電力需要は後退し、おまけにシェイルガスの利用によって安価で安定した国内産燃料による発電が可能となった。さらに、アメリカには気候変動に関する法規制がなく、原子力に有利な炭素排出の値段というものが存在しない。
アメリカで現在建設中の原子力プラントは2基しかないが、どちらも規制当局の許認可が完了していない。(もう1基、以前の制度で認可された後中断状態になっている認可も進んでいない)今後許認可が一気に進むと見る向きは業界内にも少ない。政府による免許延長を申請しているプラントは20基あり、まもなく更に15基が加わる。原子力規制委員会は既に64のプラントに免許延長を認めており、最新のものは3/11のヴァーモント・ヤンキー発電所に対してだ。このプラントは福島の原子炉と同じ設計で、同じくらい古い。このため、発電所の閉鎖を求める反対派は勢い付いている。今後地元から更に反対意見が出てくるだろう。
日本は電力の30%を原子力が担っており、この議論は外部の者が想像するより遙かに複雑だ。日本の原子力産業にとっての苦労は、技術的なものよりはむしろ業界の体質によるものだ。日本の人々は官僚機構と東京電力が長年にわたって安全基準のごまかしや隠蔽を続けてきたことに腹を立てている。ある有名な活動家はツイッターで「アマクダリが人を殺している」とつぶやいた。天下りとは、高級官僚が退官後に関係業界で手厚く迎えられる慣習だ。つまり、日本は今後古い発電所を段階的に閉鎖するかも知れないが、新しいプラントが信頼できる体制で運営されるのであれば受け入れられる余地はある。
EUではオーストリア、デンマーク、ギリシャ、アイルランドとポルトガルは原子力に強く反対しているが、EUが全体として彼らと同じ意見を採ることは考えにくい。EUとしての福島の事故に対する反応は、メンバー国の原子炉に負荷テストを要求するに止まった。イギリス、チェコ、フィンランドはもうすぐ新しい原子炉を作りたいと思っている。大国の中では最も原子力発電への依存が大きいフィンランドとフランスはフランスのアレバが開発したヨーロッパ式加圧水型原子炉(EPR)のプラントを建設中だ。建設が遅れたり規模が縮小されたりはするかもしれないが、完全に中止されることはないだろう。
とりわけフランスは、依然として断固たる原子力推進派だ。フランスの原子力産業にとっては福島の事故はチャンスでさえある。EPRの売りは徹底した安全性であり、安全への考慮から規制当局がヨーロッパ内の原子炉建設をEPRだけに認めることになれば万々歳というわけだ。イギリス、チェコ、フィンランドはアメリカのウエスチングハウスの設計も候補に入れていて、アレバだけに依存することは好ましくないと思っている。それでもやっぱり、EPRを選ぶかもしれない。
原子力に関してヨーロッパの中で最も態度が一定しないのは、もちろんドイツである。ドイツでは優れた原子力技術と反原子力世論が長年にわたって不安のうちに共存している。2002年、当時の中道左派政権は原子力発電を2022年までに中止することに決めた。ところが昨年、現在の中道右派政権は7基ある原子炉の廃止を8年先延ばしにすることにした。福島の事故の後、やっぱり閉鎖することにしてとりあえず3ヶ月間の予定で運転を停止した。
ガスの入手
これら7基のうち何基か、あるいは全部は再起動されることはないだろう。もし全基がこのまま廃止された場合、ポイントカーボン研究所のステファン・ヴェクターによるとドイツの二酸化炭素排出量は2020年までの10年間で4.35億トン増加する。ドイチェ銀行のアナリストによれば同年までに、少なくとも23ギガワット分のガス火力発電所を作る必要がある。ドイツは既に大規模な再生可能エネルギーを電力網に組み込んでいるが、ピーク容量の問題と、一部を洋上にする必要からこれ以上は増やすことができない。そのため、電力供給を増やすには短期的にはガス火力しかないのだ。ドイツが化石燃料の利用を増やせばヨーロッパの排出権取引で炭素価格が上がり、再生可能エネルギーの需要は増加すると予想される。
原子力からガスへ切り替える可能性が高いということで、ドイツはフクシマ後の世界がそうなるであろう姿を垣間見せてくれる。原子力発電の容量が事故前の期待より小さくなる国では全て、短期的には足りない分をガスで補うことになる。ソシエテ・ジェネラルの分析ではOECD諸国が完全に原子力から撤退した場合、ガスの需要は2045年までに年間4千億立方メートル以上増加することになる。
アメリカとカナダでは、シェイルガス革命を考慮すれば原子力の不足分を国内産ガスで埋めることができるだろう。他の国は液化天然ガス(LNG)を買うか、パイプラインで引いてくることになる。国によってはロシアとの関係上厄介なことになる。ドイツが原子力発電所の廃止を先延ばしにした理由の一つもエネルギー安全保障である。今後、ドイツを含めヨーロッパ諸国はより多くのガスをロシアから買うことになる。ロシアにとっては、原子力発電を続ける旨味の一つがガスを輸出用に回せることだ。
それでも、ガスっぽくなったヨーロッパは供給の安全性についてはそんなに心配しなくてよいかも知れない。少なくとも短期的には、元々アメリカ向けだった分が余っているのでLNGは十分にある。これはヨーロッパだけでなく、日本にとってもラッキーだ。日本は長期的にどういう選択をするにせよ、とりあえずは福島や地震の影響で止まっている他の発電所の不足分をガスと石油で何とかするしかないのだから。
ガスの余剰は新たなガス田の発見も見越すと、2010年代を通して続くとの考えもある。ガス市場が急速に引き締まると考える、あるいは望む人もいる。ウッド・マッケンジー研究所のポール・マクコネルによると、中国が公約通り2020年までに炭素排出を40%削減するには、現在の予想より遙かに多くのガスが必要となる。原子力発電の寄与が少なくなれば尚のことだ。とは言うものの、ガスの市場が引き締まったにしろ、ガスの埋蔵量は中長期的に十分な量がある。
長期的には?みんな死んじゃうわけじゃない
原子力が少なくなった世界で、早い段階での勝者はガスだろう。再生可能エネルギーもそこそこ頑張るかもしれない。石炭火力を安価で大量にあるガスの火力発電で置き換えた場合、再生可能エネルギーで置き換えるよりずっと安く二酸化炭素排出を削減することができる。ところがガス火力で原子力発電を置き換えたら排出量は逆に増えてしまう。気候変動に本気で取り組もうとしている国は皆、化石燃料を使わない発電を求めている。この市場では再生可能エネルギーがダントツでトップを走ることになる。
福島第一原子力発電所の事故は悲惨だけれど、それだけで世界がエネルギー戦略を変える理由になるわけではない。公衆の健康への影響は長期的に見て、小さいだろう。石炭火力が排出する硫黄、水銀、煤による死者は発電1キロワット時当たりで原子力発電より遙かに多く、これからも変わらない。それでも、石炭火力が歓迎されることもあるかもしれない。
エネルギーのポートフォリオは他の全てのポートフォリオ同様、つまるところどのリスクをどれだけ取るかの選択だ。安定した供給、価格、環境への影響等々。ところが核分裂が起これば必ずヨウ素131が生成するように、原子力発電はどうしても恐怖感と不安をもたらす。この恐怖と不安に駆られると、これらのリスクを正しく判断できなくなる。長期的な展望を考える際には、原子力発電に対する恐怖と不安を取り除いて正しく評価しなければならない。
今後40年以上について、4つのことがはっきりと言える。世界の人はより健康になり、石炭の使用が減れば環境の変化は緩やかになる。それにはより効率的なエネルギー利用とより多くの再生可能エネルギー、より良い電力網が必要で、それらが達成できれば結果的にエネルギーの安全性も高まる。ずっと大規模な研究が役に立つ。ガスの供給は10年前の予想よりずっと多く、安定していて、移行の費用を抑えられる。原子力発電は炭素排出を抑えられるので、原子力なしで気候変動に対応するのは難しい。とは言え莫大な資本とシステム全体のリスクのため、限られた国以外で成長することはないだろう。原子力は一旦事故になると甚大な影響を及ぼすけど、無くなってしまうことはない。ただし、ある程度脇役でいなければならないだろう。