都会に住んでいる人でも、ニワトリが朝大声でコケコッコー!と鳴くことは知っているだろう。たまに旅先なんかで迎えた朝にニワトリの声で目を覚ましたりすると清々しい気分になったりするかもしれない。でも、毎朝やられるとかなり迷惑だということは想像できるだろう。特に、夜明けの早い夏場は大変だ。朝が早い農家なら特に問題もないだろうけど、まだ1時間くらい寝られるのに無理やり大音声で叩き起こされるのは気分のいいものじゃない。
私がNGOの仕事でモザンビークにいたとき、15人ほどの同僚と大きな家をシェアして住んでいた。食糧は町の露店マーケットで買ってくるのだけど、毎日買い物に行けるわけじゃないのである程度は備蓄が必要だ。ところが私たちは村のほとんどの家と同様、冷蔵庫を持っていなかった。電気は一応来ていたけど、しょっちゅう停電するので冷蔵庫は使えないのだ。そこで、村のご近所を見習って私たちもニワトリを飼うことにした。
マーケットでは、ニワトリは普通生きたまま売られている。店で両足を縛ってくれるので、そこを持って逆さにぶら下げて持って帰るのだ。歩くと1時間くらいかかるので、たまに帰る前に死んじゃうニワトリもいるけど、たいていは帰って放してやるとすぐに元気に歩き出す。
初めてニワトリを連れてきた時は逃げないように長めの紐で繋いでいたけど、一晩過ごして寝る場所が決まってしまえばもう繋がなくても夜になれば勝手にその場所で寝るようになった。既にニワトリがいる状態で後から来たニワトリたちは、最初から繋いだりしなくても勝手に先住のニワトリたちと同じ場所で寝ていたように思う。何せ昔のことなのであまり覚えてないけど。
新入りのニワトリが来ると、その日はひとしきりケンカがある。それで序列が決まるのか、それ以降はケンカしているのを見たことがない。たまに残飯をやる程度で、餌をやらなくても勝手に虫を食べたりしているし、遠くには行かないし、本当に手が掛からず、急に鶏肉が必要になればいつでも新鮮な肉が手に入るというのはとても便利で私たちは皆満足していた。
問題の雄鶏が来たのは、乾期の初め頃だっただろうか。体も小さく、当時いたニワトリたちの中での序列は低い方だったと思う。ニワトリにも色々個性があって面白いんだけど、ヤツの問題は人間にとって極めて迷惑だったということだ。毎朝毎朝、各部屋をまわって部屋の前で大声で鳴くことを自分の使命だと思い込んでいたかのように、本当に部屋の真ん前で鳴いてくれた。
私が住んでいた離れは、建物の周囲に廊下があって、全ての部屋は外の廊下側にドアがあって建物内部では繋がっていないという構造だった。ヤツは毎朝夜明けと共にその廊下を歩き、ドアの前で立ち止まっては中に向かってコケコッコーとやるのを全てのドアで繰り返したのだ。ドアは薄いし、寝るときは開けて網戸だけにしていることが多かったのでその音量はかなりのものだった。それ以前にも雄鶏はいたけど、建物から離れたところで森の方に向かって鳴いていたのでそれほど気にならなかったのだ。
温厚な私でも、さすがに殺意を覚えてカタナ(刃渡り40cmほどのマシェット。現地ではカタナと呼ぶ)を振りかざして脅してみたりもしたけど、全く効果がなかった。私よりもさらに温厚な性格のスーナでさえ、殺気を帯びてカタナ片手に雄鳥を睨んでいたことがあるくらいだから相当なものだ。
問題の雄鳥が長生きしなかったのは言うまでもない。ついでながら、あまり旨くもなかった。鶏と言えばブロイラーしか見た事のない都会人には想像しにくいかも知れないが、筋金入りの地鶏という奴は恐ろしく筋肉質で、身が固いばかりで肉の量も少ない。さらに非常に俊敏なため、捕らえるのもなかなか大変なのだ。例の奴は俊敏さにかけては抜きん出ていて、最期に調理のため捕らえたときはいつもとは違う殺意を感じ取ったのかいつもに増して素早く逃げ回り、男4人がかりで追いかけ回してようやく捕まえたのだ。
今の日常とは全ての面でかけ離れた生活だが、たまにふと思い出す事がある。鶏については他にも色々面白いことがあった。また気が向いたら書くかも知れない。