携帯電話で脳腫瘍とか

投稿者: | 2011年8月12日

たまには文体を変えてみたり。
純粋無垢だった少年時代のたろ父が親の方便にコロッと騙されていた話は以前にも書いているが、大人になってからでも騙されることはあるので油断は出来ない。今回紹介するのは携帯電話の電磁波による脳腫瘍のリスクだ。
最近、発がんリスクのカテゴリが変わって少し話題になったが、もともと携帯電話が普及しだした頃からリスクへの懸念は指摘されていた。日本で携帯電話が一般に普及するようになってからまだ十数年しか経っていないので、新しい物好きのたろ父も携帯電話を持つようになったのは成人してからである。当時は電磁波が何かと危険視されていて、本来なら電波と磁波を一緒くたにすること自体あまり意味が無いのだが、とにかく電磁波というだけでなにやら恐ろしいもの、と考える人がそれなりにいた。ま、今の放射線みたいなものである。
携帯電話というのは結構強いエネルギーの電波を出すので、電子機器や通信機器に影響があることは早くから知られていた。そんなものを脳のすぐ近くで使ったらそりゃ危ないだろう、という発想はごく自然なものである。ちなみに、当時の携帯電話は通話しかできなかったので、携帯電話を使うというのは耳に当てて通話をするということとイコールだったのだ。
ここで登場するのがたろ父の父親、当時は現役の高校数学教師である。携帯電話の脳腫瘍リスクが話題になり、それに懐疑的だったたろ父に彼はこう説明したのだ。電磁波の影響は発生源からの距離の2乗に逆比例する。携帯電話を耳に当てて使うということは、脳からの距離がほぼゼロの位置に発生源があるということなので、影響はとてつもなく大きくなる、と。
それを聞いたたろ父は、愚かにも信じ込んだ。さすがに理学部を出ている人は言うことが論理的だ、とまで思ったかどうかは覚えていないが、「距離がゼロなので影響が大きい」説は非常に強い説得力を持ってたろ父の心に刻み込まれた。この辺り、たろ父の適当に科学的っぽい説明でコロッと騙される今の太郎と変わらない。いや、騙してないけど。
最近になるまで、いや正直に告白しよう、今日の今日まで、たろ父はこれを疑っていなかった。せいぜい、頭蓋骨の厚みや携帯電話自体の厚みもあるから距離はゼロにはならず、影響が無限大になることはない、くらいの反論しか思いつかなかった。当時工学部の学生だったくせに、情けない限りである。恐るべしたろ祖父。というか、素直すぎるだろ、昨日までのたろ父。
解説しよう。これは明確に間違いである。電磁波(でも何でもいいが、一定の密度で全方位に放出されるもの)の影響、つまり吸収率が距離の2乗に逆比例するというのは、発生源が十分遠くにある場合にしか成立しない。簡単のため2次元の平面で考えよう。ある点から全ての方向に線がいっぱい出ている。距離が離れていれば、ある幅に当たる線の数は距離が半分になれば倍になる。これを3次元に拡張すれば、単位面積当たりに受ける線束数は線源からの距離の二乗に逆比例することになる。ところが、距離をどんどん縮めて、ゼロに近付くとどうだろうか。線源から出る線のおよそ半分がこの「幅」に当たる。距離をさらに半分にしたところで、当たる線の数はほとんど変わらない。
つまり、携帯電話をどれだけ脳に近づけたとしても脳が吸収するエネルギーは携帯電話が発するエネルギーの半分程度にしかならず、仮にアンテナを脳に突き刺したとしてもエネルギーは1倍より大きくなることは絶対にない。無限大になるなんてそもそもエネルギー保存則に反するじゃないか。そこはいいのか、理学部出身の父よ。
分かってしまえば簡単なことも、疑問を持たなければ気付くことすらないというのは恐ろしいことである。科学の世界で懐疑主義が大切とされているのは、つまりそういうことなのだ。親とか、学校の先生とか、どこかの偉い人が言うことを表面ではハイハイと聞きながら、腹の中では片っ端から疑ってかかるという態度は道徳的には褒められたものではないが、科学者とか、技術者には必要なことなのだ。

2012/3/28追記
もちろん、これは点線源からの放射線でも同じ。内部被曝は距離がゼロだから影響が無限大なんてことを言う人がいるけど、もちろんそんなことはない。

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